(店長コラム)言葉は諸刃の剣
こんにちは、
日本ペットシッターサービス神戸西店amoの元砂です。
本日は、ペットシッターのお仕事だけではない、つぶやきのような内容になりますが、店長日記を綴らせていただきました。
今回のテーマは、SNS等のネットでの発言、対面での発言いずれでもみられる、「言葉」についてお話をしたいと思います。
1. 「リボンをかけたナイフ」を受け取ったことはありませんか?
対人サービスの世界に身を置いていると、時として不思議な「贈り物」をいただくことがあります。
それは、「あなたのためを思って」「アドバイスとして」「これが正義だ」という綺麗なリボンをかけた箱の中に、鋭利なナイフ(否定や攻撃、自己主張)を忍ばせて贈るという行為です。
優しい言葉を添えながら、こちらの意向や生き方を否定し、土足で踏み込んで占領しようとする・・・
そんな「リボンをかけたナイフ」に、痛みや戸惑いを覚えたことはありませんか?
2. 「パターナリズム」という名の支配
この違和感の正体は、心理学でいう「パターナリズム(父権的干渉)」かもしれません。
相手を自分より下の、未熟な存在である、もしくは、自身が正義と「私が教えてあげなきゃ」「私の言う通りにするのが正解よ」と支配しようとする考え方のことを指します。
私自身は、その中身がナイフだと分かっていても、リボンの目くらましに気づいていても、それを素手で受け取り、ぎゅっと包み込んでしまう性格です。
自分が血を流して痛みを飲み込めば、場が丸く収まる。そう信じて、傷だらけの手でも挑み続ける、そのような生き方を、若かりし頃はしておりました。今もまだその癖は残っているかもしれません。
3. 残酷な真実:流れる血を見てさらに石を投げる人たち
しかし、自己犠牲を払って血を流しながら頑張っていると、恐ろしいことに気づきます。
世の中には、その流れている血のみを見て「不快だ」「見苦しい」と、傷ついていること自体を攻撃の材料にする人がいるのです。
どれだけの想いで置かれている場所を守り、どれだけの神経をすり減らしてその方々や命と向き合ってきてもです。
プロセスを見ようともせず、表面的な綻びだけを叩く。
そんな「正義の仮面」を被った攻撃には、ただ素手て包み込むだけでは、限界があります。
より守るべきものを守るためには、自己犠牲では成り立たない。
特に、お仕事というのであれば、自分ひとりではない。
一緒の職場で働く人と、お客様(利用者様)とを良い関係とバランスが構築できるようバランスを取るお仕事が、前職でしたが、その時に、そのことに気づき学ぶことができました。
4. 血を流さない手で、守り抜くという責任
私が今、チーム体制を整えたり、新規登録者様受付を停止・調整等を行っているのは、決して自分は楽をしたいとか、現場の仕事をしないということではありません。冷たくなったからではありません。
血を流して震えている手では、本当に大切な命を、優しく力強く抱きしめることはできないからです。
自分がボロボロになって倒れてしまったら、誰が目の前の動物たちを守るのでしょうか?
自分を守り、環境を整えることは、預かっているすべての命に対する、プロとしての責任故の行動でした。もちろん、若ければ、そして今でもまだそれなりにタフな方なので無理は多少効きますが、私も年を取ります。リスク軽減のため、4年前より、スタッフを増員しております。
5. 私が選ぶ「進化」の道
ソロの冒険者がパーティを組み、より確実な安全を追求するように、これからも進化し続けてまいります。
それは、私を信頼し、私が万全の状態でペットさんたちと向き合うことを望んでくださる「誠実な飼い主様」のために、尽力してまいるためです。
何より、私の手の中に預けられた、かけがえのない命たちのために。
私は、私の信じるプロの道を、誇りを持って歩み続けます。
5. 最後に
言葉は諸刃の剣です。
人を追い込むことも傷つけることもできますが、救うことも、癒すこともできます。
多くのお客様より、感謝のお言葉をいただく度に、大変支えられております。厚く感謝申し上げます。
そして、自己への問いかけの言葉である内言を、優しいものに変えてみるだけでも、癒されます。
真面目な方ほど、内言が攻撃的であったり、内省すぎる言葉であったりするかと思います。
自分を大切に・・・
「私めっちゃ頑張ってるやん!」と、自分を認める言葉を、かけてみてあげてください。
これからも、飼い主様とペットさんの暮らしの支えの一つとして、頑張ってまいります。
今後とも何卒よろしくお願いいたします。
