孤独死のニュースを見るたびに、私が思うこと
孤独死のニュースを目にするたびに、私はある場面を想像してしまいます。
亡くなった方のそばに、ペットがいたというケースが少なくありません。ペットは異変に気づいていた。鳴いていたかもしれない。でも、助けを呼ぶことはできなかった。
その事実が、ずっと頭から離れないのです。
ペットシッターは、家の中に入れる
訪問型のペットシッターは、玄関を上がって家の中に入ります。
キッチンの様子、お風呂場、ゴミ箱——。ペットのお世話をしながら、自然と生活の状態が見えてきます。ケアマネさんでも立ち入ることが難しい場所に、私たちは入ることができる。
これは、ペットシッターという仕事が持つ、あまり知られていない側面です。
この仕事をしている理由
もふもふの国は、山形市を拠点とする訪問型ペットケアサービスです。
ペットのお世話をすることが仕事です。でも私が本当にしたいのは、ペットと暮らす人の生活を、そっと見守ること。
山形でひとり、ペットと暮らしているお父さん・お母さん。そして、離れて暮らしながら親のことが心配なご家族へ。
「何かあったとき、頼める人がいる」という安心を、届けたいと思っています。
まずはお気軽に、ご相談ください。
久しぶりに会う親が、老けて見えた。——離れて暮らす家族へ
こんにちは。山形市のペットシッター「もふもふの国」代表の大塲智子です。
今日は、山形から離れて暮らしている方に向けて書きます。
帰省のたびに、感じること
久しぶりに実家に帰ると、なんか小さくなった気がする。
歩くのが少しゆっくりになった。 声のトーンが、以前と違う。 でも親は「大丈夫」って言う。 ペットのお世話もしている。
「お世話できてるんだから、まだ大丈夫」
そう思いながらも、帰りの新幹線や車の中で、ずっと考えてしまう。
倒れたらどうしよう。 でも仕事がある。子育てもある。 すぐには動けない。
何をすればいいか、わからないまま、また日常に戻っていく。
そんな経験、ありませんか?
「お世話する側」は、弱音を言わない
私自身、左足が麻痺して父の介護をしていたとき、自分のことは後回しでした。
足が動かなくても、「私はお世話する側だから」と思っていた。
ペットを飼っている親御さんも、きっと同じだと思います。ペットのお世話ができているうちは、「私はまだ大丈夫」って。
でも、お世話する側にも、誰かが必要なんです。
離れていても、できることがあります
もふもふの国が定期的に訪問すると、ペットちゃんのお世話をしながら、親御さんの様子もそっと見えてきます。
「今日はいつもより元気でしたよ」 「少し疲れているようでした」 「ごはん、ちゃんと食べていました」
ペットの報告の中に、親御さんの日常が自然に入ってくる。離れて暮らすご家族に、よりリアルな様子をお伝えできます。
電話では「大丈夫」しか言わない親御さんでも、ペットのためなら玄関を開けてくれます。そして、定期的に来る人がいると、自然に話すようになっていきます。
倒れてからじゃ遅い。でも、今何をすればいいかわからない。
その「わからない不安」が一番つらいと思います。
備えって、難しく考えなくていいんです。まず一つだけ。
親御さんのことを、定期的に見ていてくれる人を一人作っておくこと。
それだけで、あなたの不安は変わります。
まずは、ご相談だけでも大丈夫です
「うちの親、シッターを受け入れてくれるかな」 「どんなことを報告してもらえるの?」
そんな疑問から、お気軽にご相談ください。
離れていても、大丈夫。もふもふの国が、そっと見守ります🐾